暗闇の中でオレを呼ぶ声がする。
声を頼りに1歩ずつ確かめるように歩み出す。
何が起こっているのかは当然知っている。
オレは呼び出されたのだ。
しばらくすると一筋の光が目に入った。
『和泉守兼定…』
ようやく巡り会える。
どれくらい彷徨い続けたかは分からない。
やっと、オレを必要としている主の元へ行ける!
光に手を伸ばし、その瞬間に全身が光に包まれた。
光の中、少しずつ体が受肉するのが分かる神経をも作られていく。
些か不快ではあったが、熱を感じられるようになり、温かさを感じ取れるようになった。
視界も段々ハッキリとしていく。
改めて正面を見据えると、そこには俺の主である人間が目の前にいた。
今日からコイツがオレの主か…
オレは不敵に笑みを浮かべ
「オレは和泉守兼定。かっこ良くて強い! 最近流行りの刀だぜ」
そう笑顔で言ってのけた。
俺は主の為にこれから刀を振るう。
高揚感を抑えながら反応を待つが、なんだコイツは?
俺の顔を驚いた顔で見つめたまま動きもしない。
「おい…」
主に近寄ろうとしたが、咄嗟に後退りされる。
オレが怪訝そうな顔をしていると、
「あぁ、ごめんなさい。少しボーッとしてしまって…
和泉守兼定、ようこそ我が本丸に来てくださいました。
ずっと待っていたんですよ?特に…」
その続きはバタバタ走り、バンッ!と襖を思い切り開けられた音に掻き消された。
「兼さん!!」
そう、俺の名を呼んだ奴は思いっきり俺に抱きついて、泣き出した。
「久しぶりの再開で、積もる話もあるでしょう。
とりあえず部屋でゆっくり話をしてきたらどうですか?」
なんて勧められ、涙ぐんでる奴に手を引かれて俺達の部屋であろう場所に連れて行かれた。

いきなり抱きついて来たのは、堀川国広。
オレの助手だと言い張って、世話を焼いてくれたり慕ってくれている。
オレ達は二振りで同じ主に仕えてたから、コイツとは少なからず特別な縁だと言えるだろう。
かなり前にこの本丸に来たそうだが、俺が来るまでずっと待っていてくれたらしい。
そんな奴に話の腰を折られてしまったのだが攻める訳にもいかねぇ。
「兼さん、分からない事があったら何でも聞いてね!」
分からない事ねぇ…
「なぁ、国広。」
「早速何が聞きたいの?」
「いや、あの主なんだがよ…初めて会った時、異常に驚かれたんだが…」
「あ…そうなんだ…」
国広が少し困った様に肩を落とす。
「主さまは、悪い人では無いんだけれど…勘が良過ぎて、僕らの為なんだけれども…厳しい事を言う方なんだよ…」
「それに、冷感が強い方だから…きっと兼さんの事も…」
そうして俯いたまま、黙り込んでしまった。
「国広、主の部屋へ案内してくれ。」
これ以上国広に聞いても何も話さないだろうと感じたので、直接聞いた方が早い。
国広は動揺していたが、俺が顎でうながすとしょうがないと覚悟したのか、主の部屋の前まで案内してくれた。
「兼さん、僕はここに居てもいい?」
部屋に戻れと言ったんだが、国広は扉の外で待つと言って譲らない。
話をするだけだが、なんだか仰々しい。
まぁ、気にしてもしょうがねえか。
「主、入るぞ」
返事も待たずに襖を開けて部屋に入っていった。

「はい、和泉守いらっしゃい。」
主はオレが来るのが分かってたかのように、素直に受け入れた。
「何か聞きたいことかな?だろうね。」
「私もさっきの事は謝りたいと思ってたから、丁度良かった。」
「さっきってなんの事だ。」
小さい男…いや刀剣だとは思われたくないので分からないフリをする。
「さっき、ビックリして後ずさった事。
清光や安定、長曾祢を見ているから大丈夫だと思ったんだけど…あの子達よりもかなり血に塗れていたからー」
「分かるのか?」
「そう言うのは見えてしまうんだよね。あなた達の元主達は知っているから覚悟があった上で呼び出したのに。ごめんなさい。」
他の新撰組隊士よりも、国広よりも血塗れだとのうのうと抜かしやがった。
まぁいい。俺は元主が望んだ通りにー
「それで、和泉守…兼さんでいいかな?
兼さんが神性を持って顕現したと言う事は、兼さんと元主の強い意志。譲れない誇りなんだろうね。」
「日本刀で戦う事に最期まで拘った、素晴らしい人だと史実では残って、」
「…ざけるな…」
「…」
「ふざけるな!オレはなぁ、そう言う綺麗事を抜かしやがる奴が一番嫌いなんだよ!!」
「強い意志?誇りだと?そんな綺麗なものだけじゃ生き残れない状況にあったんだよ!オレもあの人も!!」
「兼さん…」
「書物読み漁った程度の知識で俺達を語るな!」
心というものの制御が出来なかった。
頭に血が登り鯉口を鳴らす、なにかするつもりは無かった。
コイツの口を閉ざそうとしただけなんだが。
オレが怒鳴り散らすのを聞いて、入って来たのだろう国広に抱きつかれ、駆け付けた奴らが抜刀してオレの周りを囲んだ。

俺は危険だと判断されたのだろう。
蔵の中に閉じ込められていた。扉越しに国広の声。
主とオレとの間に何があったのかずっと問いただしてくる。
「うるせぇ。」
静かにして欲しかった。
元主の最期まで見届けた訳じゃない。
オレの意思も伝える事は出来ないがあの人の刀であり続けた。泥に塗れようが名誉に傷がつかうが、オレはあの人と共にある事を望んだ。
その絆を、今の主と言えども軽々しく口にして欲しくは無かった。
オレの予定じゃ、和泉守兼定呼び出される!
待ちに待ってた主と国広と他の連中。
「今頃大宴会でも開いて、どんちゃん騒ぎしてる予定だったんだが…くそっ!」
「鯉口鳴らしちまったからな…しょうがねぇか…」
扉の外で何やら話し声が聞こえる。
「国広?おい、どうした!」
すると重い扉がゆっくりと開いていく。
「huhuhu…主の命により、蔵の鍵を開けさせてもらいました。」
国広は苦笑いをしながら
「あの、兼さん…千子村正さんです…」
「アナタが和泉守兼定デスネ。よろしくお願いします。」
国広の笑顔が多少引き攣りつつある。
厄介なのが来たという事だけは理解出来た。

「そんな訝しげな顔をしないで下サイ。」
「蔵の鍵を開ければ、ワタシの仕事は終わりです。
部屋に帰ってゆっくり休めとの主命デス。
では、失礼。」
そう言って帰っていく…国広が苦笑いする気持ちが分かる。
アレはオレも得意じゃねぇな…
「兼さん、良かったですね!
体が冷えてませんか?早く部屋に帰ってゆっくりしましょう!」
国広と一緒に部屋に向かう。
オレは思っていた事を口にしたー
「なぁ、国広?
村正って言えば天下に仇なす妖刀だった記憶があるんだが。」
「はい、兼さん。千子村正さんはその妖刀ですよ。」
じゃあ、なぜ?なぜそんな物騒な刀剣を傍に置いているのか…?
いや、俺も妖刀の様な言い方をされたな…
主から見て、俺達も村正も同じなんだろう。
「村正さんは、妖刀って確かに言われてますけど、主さん曰く『私は徳川じゃ無いから、村正は妖刀じゃない』そうです。」
国広がふふ、と笑う。
「僕も初めて会った時、主さんに殺意を覚えました。」
「国広がか?!」
「はい、そうですよ。
前の主の話をして…兼さんも同じじゃ無いですか?」

「そうだ。」
「主さんは歯に衣着せぬ物言いだし、変に主であろうと皆さんに平等に接するように心掛けていますが、それがトラブルを生んでしまうんですよ。」
「自分を偽っているのか…?」
「偽るというか、理想の主を演じようとしているんです。皆を率いる立派な主を目指しているが為に、厳しい事も言われますが…」
国広はくすくす笑いながら、これは内緒ですよ?
と、想像も出来ない話を始めた。

「主、入るぞ!」
「兼さんはまた了解も取らずに入ってくる。武士は礼節を重んじるものですよ?」
と笑顔で入室を許可した。
もっと警戒されるかと思っていたが、それはいい。
「アンタはなんでそんな風に、オレ達に誤解されてもいいと思うんだ!」
「?」
「私は、神であるあなた達を率いる役目があります。
その任務を遂行できるなら、どう思われても構わない。」
くくっ、可笑しくなってきて笑ってしまう。
オレはまた同じ様な命を持つ人間を、主に選んでいたようだ。
「兼さん?何が可笑しいんですか?」
「前は物だったから、周りの誤解も解けなかった!
でも今は身体がある、言葉も皆に伝えられる。
誤解されるような評価をされる事はねぇだろ!」
「オレが、主を守ってやる!」
そうだ、今度は前の主がただ1人の人を守り続けたように、オレがこの不器用な主を守り続けよう。
「…ありがとう。よろしくお願いします。」
主は優しく微笑み、そっとオレに手を出した。

ー後日談ー
「ところで、アンタは新撰組のファンとか言うものらしいな。」
「兼さん?!どこでそれを?!!」
皆知っているらしいぞ?
「えぇ〜!」
主の顔が紅くなる。
少し楽しくて、オレの元主が好きで史実を読んで泣いたらしいな?とニヤニヤ話しかけてみる。
「ーー!!…国広が言ったの?」
「ああ。」
「それは、国広にしか言ってないんだから、絶っ対に誰にも言っちゃダメだよ!!!」
顔を真っ赤にして怒っている。
「そうだな、口止め料として宴会を開いてくれ。」
「宴会でいいの?」
「あぁ、オレがこの本丸に来た宴会、まだ主は開いてくれて無いだろう?」
「そうだった…。分かった、歌仙と光忠に言ってご馳走用意させるね。後、お酒もだよね。」
「現世に来てからの初めての無礼講だな!」
「大宴会、ちゃんとするからー」
絶対にナイショだよ。と主が小指を差し出してくる。
その細くて柔らかい指を絡めて
「絶対に約束は守ってやるよ。」
オレは笑顔で告げたー
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