真っ暗なアパートの一室。
ゴミだらけの汚い部屋。その中心でインスタント麺をボリボリ噛じる音がする。
少し離れたベビーベッドからは、声を出して泣き過ぎたのだろう、掠れた赤子の声。
その声が全く聞こえないとでも言うように、かじり続ける。
「ゆいちゃんはかしこくないから、いつもママに怒られるんだよ。
ずっとゆいちゃんの面倒見てたらひーが疲れるからもう嫌だ。」
「ひーだって…お腹すいてるから少しくらいゆっくり食べさせてくれてもいいのに。」
ママに言われた通りにゆいちゃんの世話はちゃんとしている。
オムツだって変えてるし、ミルクだってちゃんと作ってる。
なのにゆいちゃんはいつも泣く。
ひーが泣きたい。ゆいちゃんはちゃんとミルクがあるけど、ひーはご飯も無いのに。
でも、ちゃんとゆいちゃんの面倒みないとママの機嫌が悪くなる。
そうして、物でいっぱいになったテーブルを両手でなぎ、机の上の物を落としてそこに齧りかけのインスタント麺を置いた。
ゆいちゃんにポンポンしてるとひーも眠くなってくる…。
お腹空いてるけど、とっても眠い。
それが精神を崩壊させない為の自己防衛だとは幼い子供には分からない。
極限の空腹の中、子供は眠りについた。
しばらくしてから、お腹辺りに衝撃と激痛が走る。
涙が流れ目を開けると、怒りに震える母親が仁王立ちしている。
「この、グズが!」
腹を蹴られる。さっきの衝撃は、お腹を蹴られたんだ。
「ママ、ごめんなさい。ごめんなさい。」
「あれほど、ゆいを泣かすんじゃないって言い聞かせてるのに、まだ分からないの?!」
母親の怒りは頂点に達したらしく、何度も蹴り続けられる。
「近所に通報でもされたら、ママは捕まるかも知れないのよ?!」
最後に力の限り蹴られる。
「分かったなら、さっさとゆいの面倒を見なさい!」
グズグズ泣きながら赤ん坊の傍に寄る。
オムツがいっぱいになっていた。
「ママ、新しいオムツ…」
「買ってきてるわよ。そこの袋に入ってるわ。」
八つ当たりをして、気持ちが落ち着いたのかテーブルの前でタバコをふかす。
「ママ、ひーのご飯…」
「そこに適当にパンとか入ってるでしょ?」
「…」
また、袋のインスタント麺が入っていた。
赤ん坊のミルクの為にお湯を沸かすことは覚えたが、器は全て母親が割ってしまった。
それに洗剤が無いので、鍋を汚すとミルクが汚くなってしまう。
なので、そのまま食べているのだがー
ママに言うと、また怒られちゃう。だから今回も我慢しなくちゃ。
ゴソゴソと袋を漁ってオムツを取り出して、取り替える。赤ん坊は泣き止んで笑っていた。
ゆいちゃんは何もしなくてもいいからそうやって笑えるんだよ。少しイラつきを覚える。
オムツを捨てようとしたが、オムツを入れているゴミ袋はいっぱいだった。
「ママ…ゴミ袋…」
「なに?買って来いって言うの?めんどくさい。
今度買ってくるから、それまで我慢しなさい。」
「いい?絶対に外に出ないでちょうだいよ?!!」
「分かってるわね?」
頭を思い切り叩かれて髪を引っ張られる。
「痛い!」
涙が溢れだす。
「返事をちゃんとしなさい!分かってるわね?!」
「はい!」
そんなやり取りが怖かったかのように赤ん坊が泣き出す。
「あーもう、煩いわね!!」
母親が鞄の中に煙草を直し出す。
「ママ、行かないでもっと一緒にいて!」
「アンタ達と居ると、イライラするのよ。」
「じゃあ、次帰ってくる時まで言いつけをちゃんと守るのよ?」
勢いよく扉は閉まり、涙は零れて床を塗らしていた。

それからどれくらいの月日が経ったのだろうか?
「また、泣いてる…ゆいちゃんの面倒見なくちゃ…」
フラフラと立ち上がり、オムツを調べる。
オムツじゃない。
「ミルク作るから、泣くのやめ…」
台所に向かおうとするがバタンと倒れてしまった。
力が入らない。お腹が空いたな…
最後にご飯を食べたのはいつだっけ?
ママは、あれからずっと帰ってきていない。
…ひーの事忘れたのかな…?
いや違う。自分は母親の言う事をちゃんと聞いてる。
だから忘れたりなんかしないはず。
何とか台所まで辿り着くと、台に登り鍋に水を入れる。
そしてミルクを作り、また赤ん坊の側まで辿り着くと眠ってしまった。
「…あれ?ひー眠っちゃってたの…?」
起きようとすると強烈な目眩がした。
赤ん坊の泣き声が頭の中をこだまする。
分かった、分かったから、いつまでも泣くな!
乱暴にミルクを口元まで持っていく。
だけど赤ん坊は、ミルクを拒んだ。
何度も飲ませようとするが全く受け付けない。
そしてずっと泣き続ける。
「ひーが泣きたいよ!なんでゆいちゃんいつも泣くの?!」
「ちゃんとミルク飲んでるのに、おなかいっぱいなのになんで泣くの?!」
「ひーはご飯が無くてもかしこく我慢してるのに…」
子供の目に殺意が灯る。
「ゆいちゃんが悪い子だから、ママが帰って来ないんだ…
ゆいちゃんなんて、いらない。」
赤ん坊に馬乗りになり首を絞める。
そうだ、ゆいちゃんがいつも泣くからママが怒って帰ってこないんだ。
ゆいちゃんさえいなくなれば、ママは優しくなって帰ってくる!
手に力がこもる。
泣き声は既にしなくなっていたー
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