風が気持ちいい。
多少高い建物はあるけど、パノラマの世界。
この世界もそんなに悪くないのかも知れない。
ここに来る度にそう思う。
目をつぶって、五感を地球にあずけた。

「おい。」
フェンスの向こうから声がする。うるさいなぁ。
「おい!いつも言ってるけど、そんな所で目をつぶるのやめろって言ってるだろ?」
はぁ、本当に煩いのが来た。
「分かったわよ。」
そうしてフェンスを登り始める。
私が今までいたのは、校舎の屋上。しかもフェンの向こう側。
ある程度の高さまで辿り着くと、
「スカートの中覗かないでよ!」
声をかけてきた男性に言う。
「なんだ?履いてないのか?」
「履いてるわよ!!」
「じゃあ、見たって面白くねーから見ねーよ。」
相変わらずのセクハラ発言。デリカシーが無いのよね、この男。
「はい、戻ったわよ。これでいいんでしょ?」
「ホンットにいい加減にしろよな?
あんな所で目をつぶって万が一落ちたりしたら、俺の責任になるだろ?
それでなくても近所から通報が来ねーか冷や冷やしてるってのに…」
「そうなった時の為に遺書でも書いておこうかな?
先生にレイプされましたので死にます。とか。」
「俺は女には困ってないから、周りが庇ってくれるだろうし無駄な遺書になるな…」
そうだった。コイツ、顔は良いからモテるんだった…
ニヤニヤ笑いながらポケットから煙草を取り出し、ZIPPOで火をつける。
「ちゃんと喫煙場所に行きなさいよ!」
「広い場所で吸う方が上手いんだ。」
さっきからセクハラ発言しまくって生徒の前で堂々と煙草を吸い始めるコイツは、実はクラスの担任だったりする。
女性職員、女生徒からかなりの人気があるけど…
「皆見た目に騙されてるわよね…」
「どうした?」
「何でもない。世渡り上手よね、アンタ。」
「一応先生って呼んでくれないか?
俺の女になるんなら、別になんて呼ぼうが構わないけどな。」
「毎度ながらのセクハラね。いつか訴えてやるから。」
「俺は結構本気なんだけどな。可愛い愛しの陽菜チャン。」
「皆にそんな事言ってるんでしょうね、ホンット最低。」
「はぁー、いつになったら心を開いてくれるんだろうな、陽菜は。
やっぱり俺がどう頑張っても、ひなママには勝てねーんだろうな。」と、笑いかけてくる。
私は誇らしくなって
「当然でしょ?」
と返していた。

「それで、最近母親とは上手くいってるのか?」
「うん、今度ママの好きなブランドのバッグ買う事にしたの、そしたら大好きって言って貰えた!」
「そうか、ちっと金はかかるけど上手くいってるなら良かったよ。」
コイツはいい加減そうに見えて、結構親身に相談に乗ってくれる。
常識から懸け離れていても、全部受け止めてくれる。
本人は、担任だし惚れた女だからとかヘラヘラ笑いながら言うから、あまり信じられないけど信用は出来る。
「それで、そのバッグいくらするんだ?」
あまり聞かれたくない事をグサリと聞いてくる。
コイツに誤魔化しは効かない、いつも見破られる。
「…240…。」
「はぁ?!俺の給料何ヶ月分だよ!!」
「でも、でもママがそれ買ったら今の男と別れてくれるって!!」
頭に大きな手がポンっと乗せられる。
「ビックリしたけど、別に責めてねーって。
よく頑張って貯めたな。」
とびきりの笑顔で褒められて頭を撫でられた。
頬が上気する。恥ずかしくなって手を振りほどいた。
少し顔を見ると、とても優しい目をしている。
いけないいけない!これがコイツの常套手段!
気を付けないと!!
心を沈めて、要件を口に出す。
「でね、今日バイトが重なってて…」
「分かった。保健室にでも行って適当な理由言ってこい。早退のハンコは押してやる。」
「い…いつもありがとう。」
「おー。」
なんだか又照れくさくなって足早に歩き始める。
屋上のドアを開けると後ろから
「転けないように気を付けていけよ。」
って聞こえてきたので、頷いてからドアを閉めた。

制服だと色々と面倒なので、駅のトイレで私服に着替えてからバイト先に向かう。
昼からしているラウンジの仕事、それからガールズバー。
勿論担任様には報告してある。
最初は、もしかして風俗か?
それなら俺も。
なんてふざけた事を言っていたから、ビンタしてやった。
私はそんなに安くはない。
ママのバッグだって2ヶ月ほどで稼げる。
それをアイツに伝えたら、いつもの如く、流石は俺の女なんて言って笑い出す。
でも、そんなのはただ若いから皆が寄って来てるんだって分かってる。
水商売で10代の子は珍しい。珍しいから、皆が寄ってくる。それだけの事。
アイツも幼妻とか良いと思わないか?なんて言う。
ホントに人をからかうのが好きみたいで呆れてしまう。
でも、保護者代わりにサインしてくれたり、バイトの内容を注意したりは絶対に無い。
優しい所は確かに...あるんだよなぁ。
とか、考えてるとバイト先に着いた。
ラウンジは、お客さんが必要以上に密着してくるからちょっと苦手なんだよね。
「おはよーございまーす。」
「あ、おはよう愛彩ちゃん。お客様が待ってるから早く用意して6番テーブルよろしく。」
「誰ですか?」
「宮川さんだよ。」
「えっ?又ですか?あの人ちょっとしつこくて…嫌だなぁ…」
「そんな事言わずに、今日も沢山お金落としてもらえる様に頑張ってね。」
「はい。」
ロッカールームで着替えて軽くメイクをする。
ポーチを持って6番テーブルに行き、わざと対面で座った。
「お待たせしました。宮川さん、今日もありがとうございます。」
「待ってたよー。さ、そんな所じゃなくてここに座りなよ。」
自分の隣をポンポンと叩く。
…座りたくないからこっちに座ってんだけど。
「じゃあ、失礼します。」
少し距離を置いて座ったのだが、一気に寄ってくる。
又密着してくる…どんだけ女に飢えてるんだか。
そしていつも通りに自慢話。
「凄いですね。」
笑顔で応えるけど、社交辞令に決まっている。それを
「やっぱりそう思う?今度助手席に乗せてあげるよ。」
「あ、もうすぐボトルが開きそうだね。愛彩ちゃん飲んでしまわない?」
「私はまだ未成年なので、ジンジャエールのおかわり頂いてもいいですか?」
「え?あ、あぁ、構わないよ。」
「すみません。」
手を挙げてボーイを呼び、ジンジャエールと新しいボトルを注文する。ボーイと2人で
「ありがとうございます。」
なんて笑顔で返した。
いつも何かにつけてお酒を飲まそうとする。未成年酔わせて潰そうとする下心見え見えで気持ち悪い。
助手席なんかに乗ったらどこに連れていかれるか分かったもんじゃない。
本当に気持ち悪い。
それでも愛想笑いで話をしていると。
オッサンの隣にボーイがすっと座る。
「すいません、愛彩さんをしばらくお借りします。」
オッサンは、明らかに不満そうな顔をしたけど。
無理やり笑顔を作って、
「分かった。愛彩ちゃん又後でね。」
なんて手を振った。
案内されてカウンター裏へ戻ると、スマホが鳴っていた。
「何考えてんのコイツ…」
かけて来た相手は担任だった。
ため息一つついて電話に出る。
「あのね、今バイトなの知ってるでしょ?」
「そのまま真っ直ぐ扉に向かって歩いて。」
「はい?」
「いいから歩いてみろ。」
言われた通りに歩くと途中で見知った顔が手を挙げてひらひらとさせている。
開いた口が塞がらなかった…。

「で、何しに来たの?」
監視でもしに来たのだろうか?悪趣味過ぎる。
「そもそもまだ授業中のはずでしょ?」
「俺もほら、寂しいから早退した。」
ケタケタと笑う。
「ストーカーだって訴えるわよ。」
人の話なんて全く聞いていないかの様に、煙草を咥える。
「それに、アンタの薄給だったらあっという間に生活費無くなるって聞いてるの?」
「火ィ。」
くっそ、悔しいけど立場はコッチが下なんですけど!
思い切り睨みつけてやる。
ふー、と呑気に煙をくゆらせて。
「俺、ここのオーナーと連れ。」
連れだかなんだか知らないけど、お金無くなって…え?
「昔ちょっと面倒見てやった事があるから。」
「え、どういう関係…」
「それより、アイツか?ウザイ客いるとか言ってたのは。」
「え、そうだけど…」
「なら、今日だけはずっとここにいろ。最後までまってやるよ。」
「なんで、最後まで…あ!」
「今日バッグ買いに行くんだろ?未成年がそんな現生持ち歩いてたら危ねぇからな。」
「買いに行くまで付き添ってやるよ。」
人の事いつもからかってばかりだけど、とことんお節介。
こういう所は嫌いじゃなかった。

その後、オーナーが挨拶に来たんだけどいつものふざけたコイツじゃ無かったみたいだった。
オーナーはずっと頭を下げていて、気にすんな!とか言いながらオーナーの背中をバンバン叩いている。
オーナーが昔話を始めようとするけど、終始
「担任としてのイメージが崩れるから辞めてくれ!」
なんて言っていた。
元から崩れているのを知らないのか、かなり笑える。
そうして少し早目だけれども、上がらせてもらえた。
お給料を手渡しで貰う。私が1ヶ月努力した確かな重みがあった。
オーナーにお礼を言って、慌てて着替えて外に出た。
「なんだ、もっとゆっくりでも良かったのに。」
「基本的に人を待たせるのが嫌いなの。」
「そうか、コンビニに寄るのか?」
「うん、残りのお金降ろさないといけないから…」
じゃあそこの角で待っとけ。
「どこに行くの?」
「車を取ってくる。」
「ちょっと!飲酒運転は…」
「飲んでなかったろ?」
「うん…待ってる…」
そうして暫くしたらスポーツカータイプの車が止まった。
嘘でしょ?明らかに高そうな車…
薄給泥棒の癖に、なんでこんな車に乗ってるのよ?!
すると、アイツが車から降りてきてドアを開ける。
ぽかんとして顔を見る。
「どうした?早く乗れ。」
その言葉を聞いて、我に返った。
分かった!こうやって垂らし込んでるんだ。
なんだか頭にきた!
「何怒ってるんだよ?」
「薄給のアンタがこんな車に乗れる訳無いからね、
どれだけ女に貢がせてるのか考えたら頭にきただけ。」
チラリとこっちを見て、ふーんなんて呟いて
「この車は親父に買わせた。」
なんて発言をしたり。何コイツ!
おぼっちゃまって事?!へー、いいご身分ね!
まぁ、私には全然関係無いからいいけど。
「ほら。」
気が付いたらコンビニの前に停車していた。
一緒に降りて、少し離れた所で待ってくれている。
少しだけありがたかったから、怒るのを辞めてあげた。
お金を降ろして車に乗ろうとすると…
ほら、これが気に触る。
開けてくれたドアから無作法に入る。
パタンとドアを閉めて、運転席に乗り込んできた。
「近くのブランドショップで良いんだな?」
「…」
車は発進する。
「なんか怒ってるみたいだけど、普段は軽に乗ってるからな。今日は特別に乗ってきただけだよ。
特別じゃ無かったら、こんな車に乗るもんか。」
そこに怒っていた訳じゃないけど、なんだか訳ありって事か…
「陽菜乃、更に怒らせる事を言うが俺がそのバッグを買ったら…」
「めちゃくちゃ怒るわよ!
私がママの為にお金を貯めて買うから意味があるの!」
「そうだよな…悪かった。二度と言わない。」
「…でも、こうやって一緒に買いに行ってくれなかったら、ショップ店員に怪しまれてバッグ買う事も出来なかったかも知れないから。」
「その気持ちも、着いてきてくれる事もありがとう。」
「最近は素直になってきたな。」そう言ってそいつは笑いだした。

ブランドショップに着いて、車の中でお金を渡してから、車を降りる。
そのバッグは、売り切れずにちゃんとあった。
少し緊張するけど、同伴者は私から予め聞いていたから、バッグを店員に指示して持たせてくれ、確認をしてから頷いた。
バッグはプレゼント用に包装され、手渡される。
アイツは会計を済ませてこちらへ戻ってきた。
「さ、行こうか。」
そっと背中を押されて歩き出す。
何一つ怪しまれる事も無く買う事が出来た。
前回は店員が怪しんで、支配人らしき人が出てきて説得するのが大変だったから本当に安心した。
「ありがとう」心の底から感謝して伝える。
すると、少し目を丸くしてから
「どういたしまして。陽菜ママが羨ましいよ。
その愛情の10分の1でもいいから…いや、何でもない。」
「不思議な事言うね。私、こう見えてもママの次にアンタを信頼してるのよ?」
「嬉しい事言ってくれるな。今日は機嫌がいいからか?」
「さ、着いたからそれを早く愛する母親に渡してこい。」
「うん、今日は本当にありがとうね!」
そう言ってバタンと扉を閉める。
軽く手を振って直ぐに玄関に向き直って心躍らせながら玄関の鍵を開けた。
ママの靴がある!
約束通り帰ってきてくれたんだ!
抑えきれない喜びを噛み締める。
「ママ!」
リビングのドアを開けた。
「結構待たされたけど、時間位は守ってくれないかしら?」
「アンタと向き合うつもりはあるけど、待たされるのは嫌いなの。」
「ごめんなさい…、でもママとの約束守れたから!
これ!」
紙袋を手渡す。
「これ…!」
ママが包みを開けるとビックリしたようにカバンを眺める。
「約束通りちゃんとバイトして買ったの!
ママが欲しかったバッグ。
だから、その…」
「ここまで、アンタがしてくれるとは思わなかったわ…
そうね、前回からそんなに経っていないのに一生懸命バイトして、もう約束のバッグ買ってくれたんだからママもあなたとちゃんと向き合う努力しなくちゃいけないわね…」
「ママ、ホント!?
じゃあ、あの男と!」
「ちゃんと別れて、あなたの母親として向き合ってこれから生きていくわ。」
「ママ、ありがとう!」
嬉しくて泣きながら抱きついた。
ママもそっと、抱き返してくれた。
人生で最高の一日だった…
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