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神であるが故に人を好きになることなど許されない。
現実に肉体を持っていたとしても、これは仮の姿。頭では理解しようと思っていてもきっかけがあれば、好きになってしまう。
相手が人であろうと。そして主であろうと。

俺は初期刀では無く鍛刀で顕現した。
主の初期刀は歌仙兼定。
新撰組ファンだと言うのに俺を選んでくれなくて、主への忠誠の気持ちが空回り始める。
主とすれ違いの日々が続き、時の政府から俺を刀解する命を出される。
主の真意を知り、自ら刀解の炉に飛び込んだが己を顧みず燃え尽きる寸前の俺を素手で救い出してくれた。
心を動かすなと言う方が無理な話だ。
でも、それは許される事では無い。

「清光ちょっと来てくれる?」
「どうした?」
「庭に花を植えたいの。」
「わかった。ちょっと待ってて。」
髪を結い直して主の元へ向かう。
「おまたせ。で、なんの花を植え直すの?」
「それは見てのお楽しみ!」
コロコロと主が笑う。
「ふーん、赤い花だったらなんでも良いんだけどね。」
「清光の色だから?」
「そう、そしたら遠征に行っても出陣に行っても主は寂しくないじゃん。」
「そっか、でも赤じゃないんだよ。」
「違うの?!やる気が失せた。」
「でも素敵なんだよ。」
主が目を輝かせて語る。
本当はどんな花でも良かった。
こうやって2人で過ごすことができるなら。
「ほら、見て!」
白い花だった。でも見た目が
「これって椿?」
「そう、夏ツバキ。
赤い椿の中にいる清光も素敵だけど、白い椿に囲まれている清光も素敵だと思ったの。」
「じゃあ、1年中本丸に居なくちゃダメだね。」
「そうそう、出陣してもすぐに帰って来ないと花も寂しがるからね。」
「主は?寂しくないの?」
「もちろん寂しいよ。」
「主。探したぞ。」
「あ、山姥切国広。どうしたの?」
「博多が呼んでいた。」
「分かった。じゃ、植え替えは戻ってきてからね。」
ひらひらと手を振り主は博多の部屋へ向かう。
山姥切国広がこちらを睨んでいる。
「どうかした?」
「俺は主を尊敬している。」
「いきなりどうした?」
「加州清光、お前の主に対しての気持ちは分かるが、それはこの世界ではタブーになる。」
「・・・」
「だから主を惑わせるのを辞めてくれないか?」
「別に惑わしちゃいないけどね。」
「なら、少し距離を置くといい。」
「もしかして嫉妬?」
「・・・俺は嫉妬などしていない。」
「主は本当に優しいからね。その心に触れて好きになったとしてもしょうがないんじゃない?」
「違う!」
「そういう事にしておくよ。ところで山姥切国広も花の植え替え手伝ってくれる?
主と2人じゃなかなか終わりそうに無いからね。」
「・・・分かった。」
「おや、加州君じゃないか。」
「燭台切。アンタも手伝ってくれる?」
「花の植え替えかい?おや、椿だね。」
「夏ツバキとか言っていたよ。」
「主は余程本丸が大事なんだろうね。」
「それはどういう事だ。」
「椿は縁起が悪いんじゃ無かったのか?」
「ああ、打首の話だね。もしそうだったら、主は庭に椿をこんなにも植えてはいないよ。」
「他に意味があるの?」
「花弁が纏めて散ることから、家族や共にあるものの絆が深いと言う意味があるらしいよ。」
「だからこんなにも」主は椿を愛しているのか。
「主は俺達を家族だと思い、椿を植えてくれているのか…」
「おや、まんばちゃんどうしたの?」
「…」
「何も言わずに行っちゃったね。」
「でも、主は夏ツバキの意味までは知らないようだね。」
「何か不吉なのか?」
「愛らしい人と言う花言葉だけどね。沙羅双樹の花の色。平家物語の花と言われてるんだよ。」
「盛者必衰の理をあらはす。か、滅びの前兆だと言いたいの?」
「この本丸は時の政府から警戒されている。
主が君を選んでから。」
「あれは、俺を選んだんじゃない。」
「そう思っているのは案外君だけかもね。」
「…神の名を持つ俺達が人を好きになってはいけない事だから。」
だから、心を殺す。
そんな事が起きてしまったら、この本丸は完全に壊されてしまうだろう。
向こうに主の姿が見えたので軽く手を振る。
笑顔で力いっぱい振り返す主が俺は愛おしかった。

「うん、これで終わりだね。」
夏ツバキを全て植え替えた。
「うん、後は桑名江がくれたこの肥料あげておこ?」
パラパラと撒いてる主に問いかけた。
「主、この花が平家物語の」
「沙羅双樹の花でしょ?」
「知ってたんだね。」
「平家物語の最後知ってる?」
「壇ノ浦の戦いでしょ?」
「女子供が皆で海に身投げしたんだって。」
「遺恨を残さずに全員倒す、というのが源氏方の戦法だったみたいだからね。」
「それだったら、親子一緒に散る事を選んだその気持ちはとても尊いと感じたの。」
「それって椿と同じでしょ?
私は生きてる時も死ぬ時も共に居たいと思ったの。」
「本当に尊い存在は主だよ。」
「えっ?!わたし?」
「そうだね。僕達にとってかけがえのない存在だよ。」
「やめて、照れるから…」
照れてる主が可愛くて俺達は笑った。

寝苦しくて目が覚めたので、庭に出る。
そこには山姥切国広がいた。
彼は美しいと思う。夏ツバキの中で彼はとても美しいと思えた。
「案外、この椿は山姥切国広の為にあるのかも知れないね?」
ゆっくりとこちらを向き
「なぜそう思う?鶴丸国永の方が映えるのでは無いか?」
と、否定した。
「いや、明らかに加州清光。お前の方が映えるだろう。鶴丸国永は、返り血で自身を鶴だと言っているが、この見事な夏ツバキにお前が居るだけで華やかになる。」
「そう言われると嬉しいかな?」
「俺達は似ているね。」
「そうか?俺は真逆だと思うが。」
「反対だから似るところもあるんだと思うよ。だって、俺達だけは主を特別な感情で見ているから。」
「…俺は違う。」
「そういう事にしていてもいいよ。」
そうして山姥切国広は主を避け始める。
俺も避けた方がいい。そう思っていても。
「主、そろそろ火傷の跡を整形した方がいいんじゃない?」
「…やっぱり醜いかな?」
「そんな事はないよ。主はそのままでも可愛いから。」
「これは名誉の勲章だから、もう少し。」
「俺が辛い。主は綺麗な肌をしていたのに…」
「分かった。清光が思い出して辛いなら仕方ないよね。整形してくる。」
「違う!そういう意味じゃない!!
俺は主に可愛くなってもらいたいだけだ。
現実世界で好奇の目で見られるかも知れないのが耐えられないんだ!」
「私は気にしないよ?どんな目で見られても。
清光さえちゃんと見てくれるなら、全然平気。」
泣きそうだった。俺でも可愛くなれるように気にしているのに、主が気にならないはずがない。
主を抱き締める。
「清光、苦しいよぉ。
あのね、私は清光をちゃんと助けられた跡だと思っているから消したくないんだよ。」
もう充分我慢しできたつもりがこの言葉で俺は抑えられなくなった。
主の肩を持ち、正面から見据える。
「火傷の跡なんて気にならないくらい可愛いよ。」
主に口付けを落とす。
初めは軽く、続いて深く主を求める。
主も俺の全てを受け止めてくれた。

それから、俺が主の恋刀だと本丸に知られてくる。
みなの反応は意外と。
「まだヤッてなかったとは驚きだ!」
「下品な事を言うものではありません。お互い慈しみ合う心がやっと通じたんですよ。」
まだだったのか?!
と言う意見が殆どだった。
ただ、山姥切国広だけが反対して俺と主を避け続けた。
「万が一の事が起きた。貴様がこれから始まる悲劇の、生みの親だぞ。」
そうは言われるが時の政府にバレなければ何も起こることはない。
もし、バレたとしても俺が守る。
主さえ生きていてくれれば俺は幸せだった。
幸せは長くは続かなかった。

「本日でこの本丸を封鎖します。」
そう告げる。
幸せが永遠に続くように願ったけれど、そんなに上手く世界は回ってくれない。
幸せな始まりがあれば悲しい終わりも必ず来る。
「主よ、どうしてか聞いてもよいか?」
宗近が尋ねる。
「私は事実しか伝えられません。」
「ふむ、そうなると我らの身柄が気になる所だが。」
「しばらくは特命調査員として、あちこちの本丸に派遣されると思います。
適応しない刀剣男子は政府が面倒を見てくれると思います。」
清光は何も言わない。お願いだから何も言わないで。
「なんでいきなり本丸を封鎖するんだよ?」
言うことが出来ればどれだけ楽になれるだろうか?
真実は伝えずに簡潔に偽る。
「結婚、する事になりました。」
「え?!」
皆が固まる。そりゃそうだろうね。
いつもずっと2人で寄り添ってたのを見てきたんだから。
清光の顔はまだちゃんと見れない。
「現実世界で私を受け入れてくれる人を見つけたんです…」
「これからはその人と共に、生きていきます。」
これ以上話すと泣いてしまうので、話は切り上げて部屋に戻る。
ひとしきり泣いて、落ち着いたら本丸の自分の部屋を片付け始める。
「主よ。」
勘のいい近侍が話しかける。
「何事があったのだ?このジジイだけにでも話してはくれぬか?」
宗近からは逃げれそうに無いと諦める。
「あのね、子供が出来たの…」
「なんと、まさか神との間に子をもうけたのか?」
「うん、私もまさかこんな事になるとは思わなかった…。
政府はこの本丸の廃止と子供を要求して来たわ。
私は今日から行方をくらます。
三日月、皆の事をよろしく頼んでもいい?」
「主!話は聞かせてもらった。」
「山姥切…」
「主と共に現世へ行っても良いか?」
「加州が行けば、政府が動く。
俺なら。」
「それはいかん。それでも主が更に気に止められてしまう。」
「では、主の子に危害が加わった時に誰が助けると言うのだ。」
「山姥切、ちゃんと対策は立てているから。」
「それでも、俺は主と腹のやや子を守りたいのだ!」
「ごめんなさい。じゃあ、1つお願いしてもいい?」
「なんだ?」
「山姥切はこの本丸に残って、私からの連絡を皆に伝える役目をしてもらってもいい?」
「子供も大事だけど、あなた達も清光も大事だから…」
「あいわかった、このジジイも引き受けるとしよう。
1人では寂しくてならんだろうからな。」
「宗近…」
「2人ともお願いね。」
涙が出てきた。私は自分の事でいっぱいになっていて、その時に部屋の外に誰かいるなんて思いもしなかった。

出産を終えると、私は働く為に整形を覚悟した。
火傷の跡は消したくは無かったけど、そんなに目立つ特徴を残すのも危ない。
それと顔を変えた。
愛しい人にいつでも会えるように。
定期的に山姥切と宗近が会いに来てくれる。
だが知ってしまった。
どちらかが裏切り者だと言う事を。
引っ越しを繰り返しても、時の政府に居場所が知れてしまう。
もう逃げられないと覚悟した。
その時にあの人がやってきた。

「主!」
「清光…?」
「その顔はどうしたの?」
「…鏡の中だけででも貴方に会いたかったから。」
「いや、そんな事はどうでもいい、会いたかった!」
私は思い切り抱き締められる。
「その子が俺の子なのか?」
「え?なんで…。」
「君が去ったあの日、俺は外で話を聞いていた。」
「そう、だったの…」
清光が子供を抱こうとする、が私は取り上げた。
「私はもう結婚したの。その人の姉が審神者だったらしくて、事情を理解してくれてる。
私もこの子も貴方の物じゃない。」
「それよりどうしてこの場所が分かったの?」
「あの本丸は今も三日月が主の代行として機能している。そして俺が修行に出るとここに送られた。」
「修行場所がここなの?」
「どうやらそうらしい。」
「そっか、納得したし決断出来た。」
「あの本丸の今の主はこの子なのね。だから清光は元主である私の所に送られた。」
「主が変わった、のか?」
そして、私も完全に過去形にならないと。
「清光?」
「何?」
「私がこれ以上生きていれば、この子と2人分の霊基でまた見つかってしまう。
貴方も皆も大事だけど、この子も大事なの。」
「何を言ってる…」
「母親は子供の為になら、鬼にもなれるんだよ。」
皆愛してる。そう伝えた後清光の刀で首を切った。
「あるじ、主!主!!」
微かに清光の声が聞こえる。泣かしちゃったね。
ごめんね、清光。あいしてる。

これが加州清光と主の恋物語。
修行から戻ってきた加州清光はほぼ正気を失って、十数年の間蔵で暮らす生活が続いた。
その間に本丸の刀剣男子達は次々と派遣されていく。
だが、俺は加州清光を見届ける役目を引き受けた。
ある日、本丸が少し騒がしくなり、我らは使命を果たすべく庭を歩く。
「夏ツバキ全部咲いたんだね…そんな季節なんだ。」
「加州、正気に戻っておったのか?」
「愛らしい人、儚い美しさ。
共に、君と共に。」
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