私が産まれた時、ママは私が育てられなくなったらしい。
父親は、何とか一緒に子育てを試みたりしていたそうだが、抱くことさえも拒絶反応された。
イライラが募り、毎日叩かれる日々。
父はそれを見て、有名なカウンセラーに一緒に行く事を勧めた。
かなり遠くて電車で行かなければいけないけれど、迷子にならぬよう手を繋いでカウンセリングしてもらえば、改善するかも知れないと言う考えだった。
一月に1回、ママと手を繋いで行ったのを覚えてる。
終始無言だったが、夏の暑い日はアイスを二人で食べて、冬の寒い日はマフラーを巻き直してくれたのを覚えてる。
でも、何年かしてママが崩壊した。
私と向き合う事を強要されるのに疲れ果てて、外に男を作って帰ってこなくなった。
父はママと別れると。
一緒に来るかと尋ねたが断った。
私はずっと、ママの繋いだ冷たい手が忘れられずにいる。
ママは殆ど家には帰ってこなかった。
それでも、カウンセリングの日には絶対に帰ってきてくれていた。
私と向き合えない、私にどうしても興味が持てない病気なんだと、小学生で悟る。
それから、ママの言う通りにして与えられた物だけで生きていく術を学ぶ。
飢え死にしそうな時もあった。
でも、中学に上がる頃には身の回りの事が出来、ママに迷惑をかけないようになった。
多分、こうしていればママはいつか私に興味を持ってくれるはず。
最低限の生活費では、ママの望む物達は買えない。
ママは男の所から帰ってきてくれない。
なので、中学生でも雇ってくれる所を探してバイトを始めた。
高校に入る頃には、ママが何を求めているかも分かるようになってきた。
普通にメッセージを送って返信が来るようにまでなったが、時々幼い頃の記憶が蘇る…。
私は正気では無かった…生きていく為に、ママから愛を貰うそれ等の事しか考えられなくて、毎日生きる事がとても辛かった。
幼いとは言え、無知とは恐ろしい。
私はもう二度とそんな思いはしたくない。ママが離れて行くのが耐えられないから、ママと賭けをした。
ママが現在欲しいものを全て与える。
それが出来たら、一度だけでもいいから親子として向き合って欲しいと。
彼氏とは別れて私とずっと一緒に暮らして欲しいと。
その夢が今日叶った。
ママはちゃんと別れ話をしに行っている。
私と向き合う気にやっとなってくれた。
やっと、私だけのママになってくれる。

次の日の朝になってもママは帰ってきてくれなかった。
話し合いが続いているのかな…?
朝ごはんを作って待っていたが、私の登校時間には帰ってこなかった。
サボってもいいけど、それをしたらママの機嫌が悪くなる。
「電話してみよっか…」
呼出音は鳴るけど出る気配はない。
諦めて登校する事にした。
教室には向かわず屋上へ行く、授業を受ける気分にはならない。
「どうした?朝イチからサボりか?」
「アンタもサボってるじゃない。」
「俺はこの時間授業が無いだけだ。」
「それにしても、もっと幸せそうな顔をしてると思ったけど複雑そうな顔だな。」
「うん…ママが、別れ話をしに行ってから帰ってきてないの…」
「…そりゃ、心配だな。」
驚いた。コイツの事だからもっと別の考えを口にするかと思っていたけれど。
「…何となくは分かっているんだけどね。
認めたくは無かったんだよね…」
涙が溢れてくる。とめどなく流れ落ち、無機質なコンクリートを湿らせていく。
優しく抱きしめられる。
「…本当に信じていたんだけどな…
ママと2人だけで幸せに過ごせると…」
「もういい。」
「やっぱり私なんかママに迷惑かけるだけの存在なのかな…?」
「そんな事はない。それだったら毎月病院なんて行かねーよ。」
「でも、でも…」
私が泣き止むまで、ずっと頭を撫でてくれていた。
「…もうそろ離れてくれない?」
ひとしきり泣いて、もう落ち着いて来たから離れようとしてるんだけど、ガッチリとこうホールドされていて離れられない。
「遠慮しなくてもいいぞ?」
「いや、もういいって言ってるでしょ?」
「はいはい、分かったよ。」
コイツに弱みを見せたらこうなるって分かってても、いつも気を抜いてしまう。
「なぁ。」
またからかう気かと思っていたけど、顔を見たらいたく真剣な顔だった。
「今までは絶対に否定されるのが分かってたから言えなかった。」
「…なんの話?」
「落ち着いてよく聞け?陽菜ママの仕事はなんだか知ってるか?」
何言ってんのコイツ?
「どこかのレジだって言ってたけど?」
「ちゃんと調べてみたんだが、銀座のクラブで雇われママしてるんだよ。」
「えっ?…そんなはず…」
ほら、と写真を渡される。隠し撮りしたであろう写真は、煌びやからなドレスに包まれたママの姿だった。
「うそ…」
「一応、一流のクラブなんだよな。
そんな女性が娘にブランドのバッグねだるか?」
「私の気持ちを確かめる為だってー」
「じゃあ、今までに送ったブランド品を身につけているのを見た事があるか?」
ー!!
「多分…男に…」
「それ以上言わないで!!」
「私が…私が確かめてみる。」
「あのなぁ、相手の男がどんな奴かも知れないのにそんな危ない事させれる訳ないだろ?」
「分かった。相手の男とは接触しない。
ただ、ママに確認だけさせて…」
「…陽菜乃は、いつもなんで辛い事から逃げようとしないんだ?」
「えっ?」
「お前は辛い事から絶対に逃げないだろう?
俺なら逃げてるよ。凄いな。」
頭にポンと手を置かれた。
「そんな事はないよ。ーただ、もう過去から後悔したくないんだと思う。」
「そうか。もし何かあったらすぐに連絡しろよ!」
「ありがとう。」
笑顔でお礼を言って、踵を返す。
これからする事は決まっている。
先ずはママに電話しないと!
ポケットからスマホを取り出して、電話をかける。
「ママ、あのねー」

家に帰る。
玄関にはママの靴があった。
緊張するが、これからの私の一挙一動に未来がかかっている。
リビングのドアを開けてるとママが座っていた。
「…ママ?」
ビックリしてママがこちらを向く。
「あ、早かったわね。おかえりなさい。」
なんて、らしくない事を言う。
「ママ、別れられなかったんでしょ?」
「え、えぇ…私無しでは生きて行けないって…
本当に可哀想な人なの…」
「それで、陽菜には申し訳ないけど又新しいバッグー」
「そういう風に言われたの?」
ママは一瞬驚いた顔をしたけど、すぐに元に戻って
「陽菜と私があの人の事業を助けてあげたら、籍を入れてあなたの父親にもなってくれるって言ってるわ。」
ママの男はとことんクズらしい。
「私は会った事がないから、なんとも言えないかな?」
「もし、パパになるんだったら1度話してみたいから、電話教えて貰えるかな?
どんな人か分からないから、話だけでもしてみたいな。」
不自然が無いように、ありったけの作り笑いでママに笑いかける。
「そ、そう?陽菜がそう言ってくれたら嬉しいわ!
何だったら、直接会うようにセッティングしてもいいのよ?」
「ううん、それだとママも忙しいしその人も忙しいだろうから、まずお話してみたいな。」
「分かったわ。はい、これが連絡先よ。
新しいパパになるかも知れないんだから、くれぐれも礼儀正しくしてね。」
ママが笑顔で返事を促す。
吐き気を覚えながら、
「ママの大好きな人なんだから、当たり前じゃない」
と完璧な笑顔で答えていた。
部屋に籠り、その相手に電話をかける。
「もしもし、誰?」
「もしもし貴方のカノジョの娘ですけど!」
「俺に彼女なんて居ないんだけど?
何か勘違いしてない?」
ー!!!
コイツは、彼女なんていないって言った?
一気に血液が沸騰して頭に血が上る。
「アンタねぇ?!」
っいけない、このままだと話すら出来ない。
何度か深呼吸して冷静な声色で話しかける。
「沙耶の娘です。」
「あぁ、なんだこの間のバッグありがとうね。
お陰でいい値段で引き取って貰えたよ。」
っー!ダメだ、今は我慢だ。我慢しなくちゃいけない。
「そうですか、良かったです。それで、母の話だと私の父親になってくれるって聞いたので、お電話させて頂きました。」
「え?あ、ああそうだね。あの女の現状だと俺の仕事の運営資金に、足りなかったんだけど。」
私も一緒に稼いでくれるなら、籍を入れてもいいと抜かしやがった。
ダメだ…限界が近い。自分を抑えられる自信が無い。
必死で自分を抑えているとー
「えーと、名前分からないけど未来のパパとして娘の顔くらいは見ておきたいな。ビデオ通話にしてもいいかな?」
死んでもゴメンだが、声を作って
「はい、良いですよ!」と言って切り替える。
多少引きつってしまうが、笑顔で
「初めまして。」
と話しかける。想像していたよりも若く、完全にママの好みの顔をしていた。
「…あ、初めまして。ふーん。いやぁ、可愛い娘が出来て幸せだな。」
「ねぇ?親交を深める為にも、今度カラオケでも行かない?勿論奢らせてもらうよ。」
…そのお金はママのお金だろ!とは言えない。
アイツには止められたけど、この男と接触するのが私の目的だ。
「とても嬉しいです。是非!」
「じゃあ、3日後でもいいかな?」
「はい、予定空けておきます!」
約束は取り付けた。
しかしあそこまで最低だとは思わなかった…
多分、ママ以外にも女が居るはず。それを突きつけて、別れてもらう。
一筋縄ではいかないのはわかってる。でも、絶対に私とママの幸せな家庭を築く為には別れてもらわないと!

3日後、指定の場所でその男を待っていた。
「沙耶の娘さんかな?」
軽薄そうな男が車の鍵を片手に近寄ってくる。
今日は何があっても途中までは笑顔でいないといけない。
「初めまして、娘の陽菜乃と言います。」
「あ、俺は透。沙耶に似て美人だね。
さ、車に乗って!」
その男に着いていく。
…アイツと色違いの車だった。
アイツは親が買ったって言ってたけど、コイツは色んな女を泣かせてその金で買ったのだろうことがありありと分かる。
扉を開けて車に乗り込む。
コイツは何事も無かったかのように運転席に乗り込んで、車は走り出した。
「カラオケでも行く?」
何が起こるか大体の想像がつく。が、2人きりになれるのはこちらにとっても都合が良かった。
「カラオケ大好きなんです。」
「そう、良かったよ。」
そして結構高級なカラオケBOXに入る。オーダーを頼んでリモコンを渡される。
それをとりあえず受け取って、オーダーが来るまで聞きたくも無いソイツの歌を聞いて待っていた。
ずらずらとドリンクからフード、デザートまで並べられる。
何一つ食べる気なんてしない。
「あれ?食べないの?歌も入っていないけど…」
「ぶっちゃけ言うけど、ママの事遊んでるよね?
金づるとしか思ってないのバレバレなんだけど。」
「はぁ?」相手の顔が引き攣る。
「他にも女いるのバレバレだし、全部バラされたく無かったら、ママと別れてくれる?」
男はそれを聞いて、大声で笑いだした。
「ガキの言うことより、俺の言う事の方を信用するのは分かってるから、脅しだか何だか知らないけど出直して来るんだな。」
「それでもそうだな。ババアの相手するのも疲れて来たからお前が俺の女になって貢げ、そしたら別れてやってもいい。そうだな、まだ若いから風俗に行ってもらうか。かなりの金になって一石二鳥だな。」
「…それは脅迫?」
「世間一般ではそう言うのかも知れないな。」
男が舌舐めずりする。
「…知ってる?『問うに落ちず。語るに落ちる』って。」
「何?」そう言って私を睨みつけようとするが、私が手に持っている物を見て顔面蒼白になる。
「全部録音したから。警察に持って行ったら面白い事になりそうなんだけど。」
よし、形勢逆……うそでしょ?
私は追い詰め過ぎたらしい、ソイツの手には折り畳みナイフが握られていた。
「警察なんかに行かれてたまるか。探偵ごっこはもう終わりだ。早くそのレコーダーを寄越せ。」
身の危険を感じた私はドアを開け、全速力で出口に向かって走り出す。
でも、向こうの方が早い…でも、もうすぐ階段!
それさえ降りれば!
「いい加減にしろ!このクソガキ!」
降りようとした時に肩を捕まれ2人で転がり落ちる。
痛っ!足がじんじんと凄く痛い。
上半身を起こすと、私の上に覆いかぶさってたソイツの腹から大量の血が流れている。
ナイフが…あ、あああ
「いやぁーーー!!」
物音と悲鳴を聞いて、人が駆けつけてくる。
「助け…!」
ダメだ意識が保たない…
いつの間にか気を失っていた。
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